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「ジャンルは特にないですね」
<戦争系>

 「本日3月○日の午後、南風原町にて不発弾処理が行われます」。
テレビの画面に映るニュースキャスターが、淡々とその事実を伝えた。
慌てて周囲を見渡すと、どうやら驚いているのは私だけのようであった。
大学2年生の春、友人と自転車で沖縄本島一周の旅をしている途中の出来事であった。

 日本で唯一の地上戦が行われた場所、沖縄。その地を自分の目と足で確かめるために、
私はカメラを背負い、自転車にまたがった。那覇空港から海沿いの国道331号を走り、
多くの戦跡や慰霊碑のある南部の街を目指す。
はじめに訪れたのは、沖縄戦で亡くなった人々の名前をすべて刻んだ
祈念碑のある、平和祈念公園だ。ここでは、今でも新たに見つかった戦没者の名前を
その記念碑に刻み続けているという。
遠い昔の出来事のように感じられる、戦争という歴史。
その重みを今もなお抱き続けている沖縄の人のこころに、強く胸を打たれた。
公園内を歩いていると、腰のまがったおばあが私に向かってきた。
「花ぁ手向けてやってくれんかね?」両手いっぱいの花束と線香を持ったおばあは、
私にそう言った。
このおばあは戦争を体験した人なのだろうか。どんな気持ちで花を売っているのだろうか。
様々な思惑が浮かんできたが、やめた。私はその花束と線香を買い、戦没者に祈りを捧げた。

 憲法9条に関する議論が、永田町で繰り返されている。
沖縄でも、アメリカ軍基地に関する話題が多く取り上げられ、今もなお問題となっている。
国際的なテロが起こるようになった現代では、自衛軍も必要かもしれない。
だが、今一度、静かに語りかける、この沖縄の声に耳を傾けるべきではないだろうか。

 辺りがオレンジ色に染まるころ、私は公園を出ようと友人に告げた。
しかし、友人は公園内にある実物の砲弾の前でしゃがみこんでいた。
その砲弾は錆びていて、向こう側が見えるほどにボロボロだった。
砲弾ごしに、公園の景色を眺めてみる。すると、その向こうにはキャッチボールをする親子、
修学旅行ではしゃいでいる学生、そしてジーンズを履いたアメリカ人の姿が見えた。
戦争中に、沖縄の人が夢描いていた平和。それがどんなものであったか、私にはわからない。
けれども、いつまでもこの景色が変わらないでほしいと、公園から見える海に向かって祈った。
 沖縄では、未だ3千tもの不発弾が眠っているという。

あれ(;´Д`)「私のお気に入り」のハズが…。
もういっかい書き直します。
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