IEEE1394
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作文テーマ「雨のち晴れ」
<手書きのメッセージ>


小雨がぱらつく12月のとある日曜日。
私は早朝から世論調査のバイトをしていた。
新聞社によって無作為に選ばれた人を訪ねるもので、ノルマはひとり10人。
私は、すぐ終わるだろうと傘も持たずに歩き始めた。


3時間ほどですべての家庭を回り終え、結果はたったの2人。
留守や、忙しいからという理由で断る人が大半だった。
そういうケースは「改めてお伺いします」とパソコンで打った無機質な手紙を渡しておくのだ。
もっと粘り強く交渉しよう、と自分を奮い立たせて2周目の訪問をはじめた。


「しつこいんだよ」玄関を開けた瞬間に、まるで汚いものを見るかのような、嫌な表情をされた。
「失礼しました、またお伺いします」と必死の笑顔で玄関を後にする。
外に出ると、今の心境を表すかのように、雨は強くなっていた。
カバンから傘を取り出し、トボトボと次の家へと向かった。
1回目の訪問では、留守だったWさんだ。
ピンポーン、とベルの音だけが静かに響く。反思わず白いため息がこぼれた。
ふとポストに目をやると、先ほど入れた手紙がそのままにしてあった。
もし帰ってきたら読んでもらおうと、
その紙の裏に連絡先と短いメッセージを書いて、再びポストに入れた。


助けを求めるように、本部のオペレーターに報告をすると、
「もう一度回りましょう!」と元気良く言われ、泣きそうになった。
また不在だったら嫌だな。そんな不安を抱えながらWさんの家へと近づくと、紙が消えていた。
祈るような気持ちで、インターホンを押す。
すると玄関からと40歳ほどの男性が現れ、調査に協力してもらうことができた。
無事に調査を終えると、「寒かったでしょう」とコーヒーを出してくれた。
何でも、手紙に書いた文字が震えていたらしい。
思いが伝わったことが、何より嬉しかった。

「ありがとうございました」深く礼をして、玄関を出る。
どうやら雨は上がったらしい。


(773文字)
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作文テーマ「道」
<道案内>


「すいません、法学部棟はどこでしょうか?」
振り返ると、そこには目を閉じ、ステッキを持った男性が立っていた。
腕時計に目を向ける。授業が始まるまで、かなりある。


「一緒に行きましょう」と笑顔で応え、はっとした。
目の不自由な彼に、笑顔は伝わらない。
そう思うと急に、どう接したらよいのか不安になった。

彼の横に立ち、手を差し出した。すると彼は、やさしく私の手をとり
「ありがとうございます」と、さっきまで私が立っていた方向に礼をした。
今いる場所から目的地まではおよそ300m。
ゆっくりと、彼の歩幅に合わせて進みながら、話をした。
彼は、遠藤君といい、私と同じ大学生だという。
すると、前から私の友人が歩いてきた。

「おはよう」友人の声に、下を向いて歩いていた遠藤君が顔を上げ、会釈をした。
友人はその様子にとまどっているようだった。
すれ違う際、私は小声で「またあとで」と言った。
遠藤君の姿を見て状況を把握したのか、友人は早々と去っていった。

その直後、遠藤君は「すいません」と私に謝った。
おそらく、私が友人と会話できなかったのは、自分のせいだと感じたのだ。
その言葉を聞き、胸がしめつけられそうになった。
彼は、日々どれだけ周囲に気を使いながら生きているのだろう。
そう思うと、なんともいえない気分になった。

目的地に着くと、遠藤君は「ありがとうございました」と礼を言い、手を離した。
そして、カツカツとステッキの音を響かせながら、教室の中へと消えていった。
彼の背中を見つめながら、彼はどんな世界を見ているのだろうと考えた。
相手の気持ちを理解してみよう。
そして、私は目を閉じ、大学内を歩いてみることにした。

周囲の音が大きく聞こえる。
慣れた道なのに、まるで見知らぬ海外の街をひとりで歩いているような気分だった。
怖くなって、目を開くと、手には汗がにじんでいた。


私は遠藤君に道を教えてあげた。
彼は私に、忘れかけていた「感覚」の大切さを教えてくれた。
(799字)


作文テーマ「倫理」
<気づかう心>


気が付くと、私は南浦和駅のホームの階段を、2段飛ばしで駆け上がっていた。
車内で倒れた、見知らぬ人がいることを知らせに。

「車内での通話はご遠慮下さい」アナウンスの声に顔を上げると、
乗客は皆下を向き、携帯電話に夢中だった。
雑誌を読んでいた私も、つい携帯を取り出してしまった。
21時、新着メールはない。

電車内で携帯をいじることが「普通」になったのは、いつからだろう。
数年前までは車内アナウンスも「携帯電話のご使用はおやめください」だったはずだ。
そんな考えをよそに、乗客は死んだ魚のような目をして、
携帯の画面を見つめている。

電車が南浦和に到着する頃、「うぅっ!」と優先席の方で誰かが悲鳴を上げた。
優先席に座っていた女性だ。つい、私は立ち上がってしまった。
同時に、さっきまで携帯の世界にいた数名の乗客が「大丈夫ですか!?」と女性の周りに集まってきた。
見ず知らずの人達が、見ず知らずの女性を心配し、何とかしようとしている。
冷たい床に倒れこみ、苦悶の表情を浮かべている。どうやら身篭っているようだ。「大丈夫?」と耳元で声をかけているおばさんがハンカチを取り出し、指に巻き始めた。
指をギュッと噛み付かれていたが、おばさんは笑顔だった。
私は、必死で自分に出来ることを考えた。
列車が駅のホームへ入り、ドアが開くのと同時に駆け出した。
「急病人です!」怒鳴りこむように、駅長室に飛び込んだ。

駅員の後ろからホームへ戻ると、倒れた女性は素早くタンカに乗せられ、運ばれていった。
周囲にいた人々は、まるで自分の家族が倒れ、運ばれるのを見守るかのように、
安堵と不安の入り混じった表情を浮かべていた。

「急病人のため~」と車内アナウンスが響く。元の席へ戻り呼吸を整え、辺りを見回した。
手助けをした隣のサラリーマンも、前のOLも、携帯は持っていなかった。
モラルは守る心ではなく、気づく心、気遣う心だと強く感じた。

(785字)


作文テーマ「サプライズ」
<父親の背中>


「今日、飲みに行かないか?」
普段めったに会話をすることのない、父からの突然の提案だった。
岩のような大きな手に、パンチパーマの父が、色あせた緑色のジャンパーをはおり、玄関の扉を開く。私はその後ろから、歩いて10分の飲み屋を目指した。

私は、父が苦手だった。頑固親父の見本のような人で、
小学校の頃、私がいじめられて泣きながら家に帰ると、
「男ならやりかえせ」と何度も怒鳴られた。
中学の頃から働き、最近では新築した家の庭の手入れをするのが日課の父も、
もうすぐ定年を迎える。

「あら、今日は倅さんと一緒かい?」のれんをくぐると、ざわつく店内から声が聞こえた。
父は無言のままカウンターの席に腰掛けた。私も少し戸惑いながら隣の席に座った。
「とりあえず、乾杯するか」家を出てからはじめて父が言葉を発した。
テレビの野球中継と、話し声がこだまする店内で、チンというグラスがぶつかる音がした。
私は、何を話したらよいのか、検討もつかなかった。
まるで受験生が合格発表を待つような、そんな緊張を感じた。
特に会話もないまま、お酒だけがなくなっていく。私は全く酔えずにいた。

焼酎が日本酒に変わる頃、父は自分が20歳だった頃の話をしはじめた。
親とのケンカ、仕事の苦労、母との出会い。そんな話すべてが驚きで、
初めて父をひとりの人間として見れた。

店を出ようと席を立った父の足元はフラつき、つい後ろから肩を支えて、驚いた。
父の肩幅は小さくなり、色あせたジャンパーの肩があまっている。
思い出の中の父の姿とは、全く違っていた。会計でお金を取り出した父の手は、
しわが目立ち、私の手よりも小さく見えた。

店の外に出ると、秋らしい肌寒い風が吹いていた。
「俺の夢がひとつかなったよ」よい気分だったのだろう、父がぼそりとつぶやいた。
ひさしぶりに見た父の笑顔に、私も思わず笑みがこぼれた。

(800字)



作文テーマ「華」
<華>



「O島はもうゼミやめろ!代わりにKが仕切れ」一番前に立つ私の背中に、ゼミ生全員の視線が集まるのを感じた。
その日は、沖縄からO川さんという方を招いてのゼミ。
お話を聞く前に、連絡会議の進行をしている時の出来事だった。

先生に怒鳴られ、いちど休憩をはさむことになった。
ベンチに座り、なにがいけなかったのだろう、と考え込んだ。
会議というのは、本来つまらないものである。私は、そんな会議が嫌いだった。
前に出てゼミの進行するようになってから、怒ることをやめた。
私語を注意することで、空気が重くなることが嫌だったのだ。
その結果、だらけた雰囲気が会議を包むことになった。
今回は恐らく、ゲストが来ているのにうるさかった事に対して、先生は腹を立てたのだと思った。

「別に会議でうるさい、ってどなっても誰も嫌わないよ」
隣に座った友人に言われた一言にはっとした。
私は、会議を面白くしようとしていたのではなく、皆に嫌われないようにしていたのだ。
自分の心の内を見られたような気持ちで、恥ずかしくなった。
相手のことを思って怒れば、わかってもらえる。
そんな当たり前のことにすら気がつけなかった。

休憩が終わり、席に着くと、ゲストのO川さんが前に立ち、話をはじめた。
「君たちは、本当にいい先生の下で学んでいるね」
どんな気持ちで、先生が怒ってくれたのかを、その時はじめて理解した。
相手のことを、どうでもいいと思っているのなら、ほったらかしにする。
怒るのは疲れるし、何より自分も嫌な気分になる。
私に足りなかったのは、やるときはやるという気持ち、オンオフの使い分けなのだと気づいた。

今では、普段仲の良い友人に向かって「うるさい!」と言えるようになった。
もしかしたら、陰で嫌な奴だな、と思われているかもしれない。
それでもかまわないと今では思える。人間、怒られているうちが華なのだから。



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「私のお気に入り」
<旅>


「ここで何をしているんだね?」
 2005年3月13日夜、沖縄の名護市中央公園の障害者用トイレにて、警官に言われた一言である。
春休みを利用して、友人と自転車で沖縄一周をしている時の事だ。
その日は沖縄でもまれに見る寒さで、私たちは寝床を探しもとめ、公園のベンチに着いた。

「さ、寒すぎる…」
寝袋を広げてから5分ほどで、寒さに耐えられなくなった。
「あの場所はどうだ?」
友人が指差したのは、ベンチ脇にあるトイレ。確かに風は防げるし、暖かい。
人としてその行動はいかがなものかと、3分悩んで決断した。
「そこにしよう」
人は、寒さの前では無力なのだと知った。
無機質な明かりがともるトイレで、私たちは無言で寝袋を広げた。
この時温まるために飲んだ缶コーヒーの味は、悲しさと、安心感が交じり合っていた。
「今日はなかったことにしよう」
そう決めて、早々と寝袋にくるまった。
だが、寝られない。不安と悲しみに包まれ、床のタイルが痛かった。
まどろみの中、突然ドアの外で話し声が聞こえた。
「おーい」
ノックの音が響き渡る。ドアの向こうには、警官が3人たたずんでいた。
「東京から来たのか?」「はい…」
ジャージ姿のままで、質問に答える。
このまま警察署に連れてかれるのだろうか。
沖縄まで来て何をしているのだろう。お母さん、ごめんなさい。
様々な思いが、頭をめぐる。
だが、警官の口から出た言葉は、思いもよらぬものだった。

「今夜は冷えるけど、朝早くにここを出発しなよ」「気をつけて、旅を続けてね」
引き上げる警官をよそに、私はその場に立ち続けていた。
「東京じゃありえないね」
友人がぼそりとつぶやいた。まさに、その通りだ。
鍵をしめ、寝袋に戻る。寒さが少し、和らいだ気がした。

自転車での旅は、きつくて、何度も帰りたいという気持ちに駆られた。
無事に終わらせることが出来たのは、思いがけないものに出会える、
その醍醐味を知ってしまったからだ。これだから旅は、やめられない。



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作文テーマ「恥」
<はじめての取材>

「君は心のどこかで楽をしようと考えてるんじゃないの?」
保育園の園長先生の言葉は、耳を飛び越え、私の胸に突き刺さった。
電話の向こう側で無邪気な子供たちの声が聞こえた。
はじめて、取材のアポをとる時のことである。

映像制作をするゼミに所属して半年。
カメラに向かって「ありがとう」を伝えてもらうという企画のディレクターを任された。
ありがとうという言葉を、大人はあまり使わない。
そこで私は、素直に答えてくれる子供にインタビューをすることにした。
さっそくインターネットで近所の保育園の電話番号を調べ、取材の許可をとることにした。
「すいません、大学のゼミで取材をさせていただきたいのですが」。声は少し震えていたが、
絶対に成功させるのだと自分を奮い立たせた。
「いま手が離せないので園長に代わります」と、電話口の保母さんは慌てて答えた。
しばらくすると、50歳くらいだろうか、男の園長先生に代わった。

「子供たちにカメラに向かってありがとうを言ってもらいたいんです」
まるでテレビ局の人間になったような気持ちで取材と企画の説明をする。
すると、聞こえるようにため息をした園長先生は、「ウチでは無理だよ」と短く言った。
「なぜです?」と食い下がると、またため息が聞こえた。
「なぜ君は電話で済ませようとするんだ?第一いまの時間帯は、子供たちの昼寝の時間なんだ」。

その言葉を聞いた瞬間、自分が恥ずかしく思えた。自分のことばかりを考えて、
相手のことを全く考えていなかったのだ。
そんな志で、いい作品が作れるはずがない。そう感じた私は、カメラを持って街に出た。
多くの人が行き交う駅の近くのベンチに座り、呼吸を整えた。
人と話すことは苦手だけれど、わかってもらいたい。そう心に誓い、立ち上がった。
「すいません、ちょっとよろしいですか?」相変わらず声は震えていたが、
小さい子供をつれた家族に声をかける。
わかってもらうんだ。もう一度、心の中で繰り返し、素直に自分がなにをしたいのかを伝えた。
「ほら、カメラに向かって言ってごらん」母親が子供に向かって伝える。
「あ、り、が、と」。アイスを食べていた子は、服に溶けたアイスをこぼしながら小さく答えてくれた。
ふと、自分の顔がほころんでいるに気づいた。
「ありがとうございます!」と、撮影する側の自分がそう言ってしまった。
話すことは苦手だけれど、伝わることは気持ちいい。だから、頑張れる。
相手のことを考えて、動くことの大切さに気づかせてくれた園長先生に、伝えたい言葉がある。
「ありがとうございます」
(1045文字)


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「私のお気に入り」
<自転車と沖縄>

 「沖縄の桜は4月に咲かない」。私にとって桜は春の花だった。
しかし、暖かい沖縄の地では、1月に咲くのだという。
私は大学2年生の春に、友人と自転車で沖縄本島一周の旅を試みた。

 琉球の始祖といわれるアマミキヨが創成した国始めの七つの御嶽のひとつで、
琉球の拝所の最高峰といわれる斎場御嶽(せーふぁーうたき)を目指した日のことである。
海に面した国道は、常に強い海風が吹き荒んでいる。はじめて自転車で旅をする私の足や尻には、
とても過酷な向かい風だった。「少し休憩しよう」と提案した私は、近くの雑貨屋に自転車を止めた。

“中学生にはメリケン粉は売りません”。色あせた紙に書いた文字が、私の目に飛び込んできた。
「うちなーんちゅは卒業式にメリケン粉を巻くんさぁ」。奥にいた年老いた店主は、そう答えた。
もし車で回っていたのなら、そんな事実には気がつかなかっただろう。
あとになって聞いた話だが、すべてのうちなーんちゅがメリケン粉を巻くわけではないが、
そういう地方もある、とのことだ。

 情報が多様化し、何が正しいものかがわかりにくくなってきた。インターネットが発達し、
世の中は便利になってきたかもしれないが、まとわりつくような不安が私にはある。
コミュニケーションをする機会が減り、隣人が何をしている人かもわからない。
そんな時代が訪れたのだ。そんな思いを抱くとき、私は沖縄での旅を思い出す。

 沖縄は発見と癒しの場だ。戦争をはじめとした複雑な歴史を抱え、
それでもなお、美しい海に囲まれている島、沖縄。
本州とは少し異なる考え方や、物事に触れるたびに、私は小さな喜びを感じた。
自転車での旅は、車や電車とは異なり、多くの発見と喜びを与えてくれる。
あの時の気持ちをもう一度思い出して、普段は通らない道を走ってみる。
身の回りにある小さな発見を探しに、今日も私は自転車のペダルをこぐ。
自分の目で見て感じたこと、その思いだけは本物なのだから。

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「ジャンルは特にないですね」
<戦争系>

 「本日3月○日の午後、南風原町にて不発弾処理が行われます」。
テレビの画面に映るニュースキャスターが、淡々とその事実を伝えた。
慌てて周囲を見渡すと、どうやら驚いているのは私だけのようであった。
大学2年生の春、友人と自転車で沖縄本島一周の旅をしている途中の出来事であった。

 日本で唯一の地上戦が行われた場所、沖縄。その地を自分の目と足で確かめるために、
私はカメラを背負い、自転車にまたがった。那覇空港から海沿いの国道331号を走り、
多くの戦跡や慰霊碑のある南部の街を目指す。
はじめに訪れたのは、沖縄戦で亡くなった人々の名前をすべて刻んだ
祈念碑のある、平和祈念公園だ。ここでは、今でも新たに見つかった戦没者の名前を
その記念碑に刻み続けているという。
遠い昔の出来事のように感じられる、戦争という歴史。
その重みを今もなお抱き続けている沖縄の人のこころに、強く胸を打たれた。
公園内を歩いていると、腰のまがったおばあが私に向かってきた。
「花ぁ手向けてやってくれんかね?」両手いっぱいの花束と線香を持ったおばあは、
私にそう言った。
このおばあは戦争を体験した人なのだろうか。どんな気持ちで花を売っているのだろうか。
様々な思惑が浮かんできたが、やめた。私はその花束と線香を買い、戦没者に祈りを捧げた。

 憲法9条に関する議論が、永田町で繰り返されている。
沖縄でも、アメリカ軍基地に関する話題が多く取り上げられ、今もなお問題となっている。
国際的なテロが起こるようになった現代では、自衛軍も必要かもしれない。
だが、今一度、静かに語りかける、この沖縄の声に耳を傾けるべきではないだろうか。

 辺りがオレンジ色に染まるころ、私は公園を出ようと友人に告げた。
しかし、友人は公園内にある実物の砲弾の前でしゃがみこんでいた。
その砲弾は錆びていて、向こう側が見えるほどにボロボロだった。
砲弾ごしに、公園の景色を眺めてみる。すると、その向こうにはキャッチボールをする親子、
修学旅行ではしゃいでいる学生、そしてジーンズを履いたアメリカ人の姿が見えた。
戦争中に、沖縄の人が夢描いていた平和。それがどんなものであったか、私にはわからない。
けれども、いつまでもこの景色が変わらないでほしいと、公園から見える海に向かって祈った。
 沖縄では、未だ3千tもの不発弾が眠っているという。

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